1. Introduction
Saint Laurentの2026AWで、まず惹かれたのは序盤のテーラリングだった。

Saint Laurent Men’s Winter 26, Look 9. Source: Saint Laurent official website
大きく張った肩。そこから内側へ絞られる腰。脚に沿うように長く伸びるコート。暗い色を重ねた装いのなかで、身体の輪郭だけがはっきりと立ち上がってくる。僕がSaint Laurentに期待するエレガンスが、肩幅、ウエスト、着丈という具体的な形になっていた。
2. 会場と音楽
発表は2026年1月27日。Anthony Vaccarelloが会場に選んだのは、パリのBourse de Commerce–Pinault Collectionだった。公式名称は「MEN’S WINTER 26」。この記事では2026AWメンズコレクションとして扱う。開催日・会場:Le Monde、コレクション公式ページ
Bourse de Commerceは、歴史的建築の内側に安藤忠雄によるコンクリートの円筒が組み込まれた美術館だ。古い建築を残しながら、その中心に明確な現代の形を置く。その空間自体が、過去と現在の関係を目に見えるものにしている。建築について:Architectural Digest
それをそのまま服の意味に置き換えるつもりはない。ただ、クラシックな紳士服の形を使いながら、身体の見せ方を更新していく今回のテーラリングとは、よく響き合う場所だったと思う。
ランウェイ写真に写るのは、暖色の光を受けた床と、その奥に沈む客席だ。背景の情報が抑えられ、モデルの肩、ラペル、腰の曲線が読み取りやすい。白い背景で形を説明する見せ方とも違い、暗い服は陰影を伴って現れる。黒に近い色同士でも、生地の表面、毛足、革の反射によって見え方が変わる。
この照明は、服を一様に明るく見せるためだけに働いているわけではない。肩の上面に光が乗り、腰のくびれに影ができることで、平面の写真にも奥行きが生まれている。今回の服について「彫刻的」と言いたくなるのは、その形と見せ方が重なっているからだ。
音楽はSebastiAnが担当した。会場、照明、服に加えて、サウンドトラックもショーを構成する要素として公式にクレジットされている。写真で細部を追ったあとには、音と服の動きを合わせて確かめられる公式ショー映像にも戻っておきたい。
客席にはKate MossやAustin Butler、Connor Storrieらが顔をそろえた。こうした来場者の存在も、Saint Laurentがどのような人物像と結びついているかを考える手がかりになる。来場者:GQ
とくに今回の服と結びつけて見たくなるのは、Connor Storrieの装いだ。サンドカラーのスーツにマスタード色のシャツ、シャツの内側へ差し込んだタイ。そこにブラウン系のサングラスが加わる。ランウェイ上で気になった首元の扱いが、客席に向かう人物の服装にも現れていた。来場時のスタイリング:Harper’s Bazaar
来場者全員をひとつの雰囲気にまとめることはできない。それでも、こうした装いを見ると、ショーの世界がランウェイの境界で途切れていないことは感じられる。服だけを切り出した商品写真とは異なる、人物と場所を含んだSaint Laurentのイメージがある。
3. インスピレーション
このイメージを読むうえで、今回の着想元は欠かせない。Vaccarelloが挙げたのは、James Baldwinによる1956年の小説『Giovanni’s Room』だった。パリに暮らすアメリカ人男性が、自身の同性愛を受け止めることに葛藤する物語だ。Vaccarelloは、欲望と嫌悪の間で揺れる人物像、そして慣習的な装いと官能性が同居する矛盾に惹かれたと語っている。着想元とデザイナーの発言:Vogue
この話を踏まえると、服の見え方にも少し変化がある。肩の強いジャケットや長いコートは、他者の前に立つための整った外形に見える。一方、その内側にはシャツを挟まない胸元があり、襟元には個人的な巻き方や収め方が残る。人に見せる姿と、そこに収まりきらない感情の関係として読むこともできる。
もちろん、裸の胸元をすべて欲望の象徴と決めつけたり、一本のネクタイを小説の登場人物に対応させたりする必要はない。Baldwinの作品にある葛藤を、官能的な雰囲気という言葉だけで片づけるのも十分ではないだろう。ここで服を見る手がかりになるのは、整った外見の内側にも、揺れや矛盾が残るということだ。
僕には今回のエレガンスも、その両方を含んでいるように見える。姿勢を正させるほど端正な輪郭がありながら、その輪郭の内側は完全には閉じられていない。肌が見えたり、布が重なったり、タイの行き先が途中で変わったりする。その小さな変化が、着ている人の気配を残している。
4. 具体的なLOOK
序盤のテーラリングで見たいのは、肩の大きさと腰の細さの関係だ。パワーショルダーという言葉は、今回の特徴を確かに捉えている。ただ、肩幅だけを取り出してしまうと、この服の魅力のかなりの部分を取り逃してしまう。
肩から脇へ下りる線は、同じ幅のまま腰まで続かない。ウエストへ向かって内側に入り、そこから裾へ再び開いていく。肩、腰、裾の間に幅の変化があるから、正面から見たときにも身体が立体的に感じられる。強い肩は、腰の曲線を際立たせるための起点にもなっている。
そこへ大きなラペルが加わる。肩の横方向の広がりに対して、ラペルの斜線は視線を胸からボタンの位置へ導く。外側の輪郭と内側の線が、ともに腰へ向かって収束する。この重なりが、今回のテーラリングを印象深くしていた。

Saint Laurent Men’s Winter 26, Look 4. Source: Saint Laurent official website
Look 4のダブルブレストジャケットは、その関係が読み取りやすい。張り出した肩に幅のあるラペル、絞られたウエスト。前身頃の重なりも含めて上半身に明確な形があり、その下には量感のあるトラウザーズが続く。ジャケットの腰が細いからといって、全身を細くまとめているわけではない。
僕がこのバランスに惹かれるのは、身体に沿う部分と、身体から離れる部分がはっきりしているからだと思う。ウエストには緊張があり、パンツには布の余裕がある。上半身で作った形を、足元まで同じ強さで締め続けない。端正さのなかに、布が動ける場所が残されている。
ジャケットの内側にシャツを置かないことも、その形を強く見せている。胸元に襟やボタンの情報が入らないため、ラペルと肌の境界が明瞭になる。肌の露出があるのに、印象としてはまず服の輪郭が残る。その順序が、このルックのよさだ。

Saint Laurent Men’s Winter 26, Look 2. Source: Saint Laurent official website
Look 2では、長いダブルブレストのコートに、毛足のある大きな襟元のボリュームが重なる。首から胸にかけての密度が増すぶん、その下の絞られた腰がより細く見える。首元の豊かさとコートの長さが、中央のくびれを挟んで配置されている。
首元は厚く、胴は絞られ、裾は長い。異なる部分の強弱が一着のなかで整理されているので、量感がありながら姿が引き締まって見える。毛足の柔らかな表面と、コートの張りのある輪郭の組み合わせも、その差を分かりやすくしている。

Saint Laurent Men’s Winter 26, Look 7. Source: Saint Laurent official website
Look 7のシングルブレストのロングコートでは、深く開いた胸元からボタンの位置へ向かう線が目に入る。ダブルブレストの重なりとは異なり、前の開きがひとつの長い縦の流れとして感じられる。肩の強さを保ちながら、視線が腰を通って裾へ下りていく。
コートの魅力は、単に丈が長いことだけでは説明しきれない。どこで前が留まり、その上下にどれだけの長さが残るのか。胸元の開きと、ボタンより下の布量がどう釣り合うのか。その関係によって、同じロングコートでも身体の見え方は変わる。今回の序盤は、その違いを見比べるのが楽しい。
さらに、裾の長さはトラウザーズと靴までつながっている。パンツは足元に布をため、光沢のある靴がその下からのぞく。腰では輪郭を整え、足元では布の重なりを残す。上から下へ均等に整えるのではなく、場所ごとに密度を変えているように見える。
長いコート、強い肩、広いラペル。それぞれは見慣れた要素だ。しかし、肩から腰、腰から裾へと視線を動かしたときに、どこにも形のつながりが途切れない。僕が今回の序盤をよいと感じた理由は、その全身の連続性にある。
一方、素材が変わると、同じ肩や腰の造形でも受け取る印象は変わる。

Saint Laurent Men’s Winter 26, Look 11. Source: Saint Laurent official website
Look 11のレザーのシングルブレストジャケットは、とてもかっこよかった。ピークドラペルと張った肩、絞られた胴。その形を、革の反射がさらに強く見せる。布のジャケットでは陰影として読んでいた起伏が、ここでは光の走る面として現れる。
光沢のある革、深く開いた胸元、細く見える腰が重なると、服と身体の関係はかなり直接的になる。ジャケットという慣れた形式を使いながら、見る側との距離を縮めてくる。写真のなかでも、存在感の強いルックだ。
ただ、僕自身が着るかと聞かれると、少し違う。服としての魅力は十分に感じるし、見ていて気分も上がる。それでも、自分の普段の装いや振る舞いの延長に置くと、すぐには馴染まない。
こういう服への評価は、レビューの中にそのまま残しておきたい。「かっこいい」と「自分が着たい」は近いところにあるが、いつも一致するわけではない。自分のワードローブには入らなくても、そのコレクションを魅力的にしている服はある。今回のレザージャケットは、僕にとってそうした一着だった。
そして、服の形と同じくらい惹かれたのが、ネクタイやスカーフの扱いだった。
ネクタイをシャツの内側へ差し込むと、結び目は襟元に残りながら、その下の線は途中で見えなくなる。通常なら胸の中央を下りていくはずのタイが、別の場所へ収まっている。シャツとタイという組み合わせを維持したまま、その見え方を少し変える操作だ。
この変化が好ましいのは、元の装いの端正さがきちんと残っているからだと思う。襟があり、結び目があり、ジャケットやコートにも形がある。その土台を保っているから、タイの収め方ひとつが目に留まる。少しずらした部分を受け止めるだけの秩序が、周囲にある。
スカーフにも似た働きがある。細かな柄、布の重なり、巻いたときにできる厚み。首元にそうした要素が集まることで、テーラリングのはっきりした線に、もうひとつ異なる表情が加わる。遠くからは整った装いに見え、近づくと巻き方や柄が見えてくる。その距離による変化がよい。

Saint Laurent Men’s Winter 26, Look 21. Source: Saint Laurent official website
Look 21のように、シャツ、タイ、首元の布、コートが重なるルックでは、それぞれの境界が細かくずれている。袖口から見えるシャツや、折り返しも含めて、服を着る人の手が加わったように感じられる。コートの大きな輪郭があるから、そうした細部が散らからずに収まっている。
実際に自分が同じように着られるかどうかは、まだ分からない。ただ、この考え方はかなり好きだ。クラシックな服を選び、その正しさを理解したうえで、首元の収め方には自分の好みを持ち込む。服そのもののデザインに加えて、着方にも美意識を置くことができる。
今回のスタイリングを「クラシックを少しずらす」と表現したくなるのは、そういう意味だ。タイを結ぶことも、スカーフを巻くことも続けながら、それらが当然収まると思っていた位置を変えてみる。整った服のなかに、その人なりの着方が現れてくる。
一方、Uネックのニットを使ったスタイルには、僕はそれほど惹かれなかった。

Saint Laurent Men’s Winter 26, Look 14. Source: Saint Laurent official website
たとえばLook 14では、黄みのあるニットの丸く深い襟ぐりに、柄のあるスカーフが組み合わされている。胸元が開いているという点では序盤のテーラリングと共通しているが、開きの輪郭や身体への沿い方は大きく違う。
ジャケットでは、肩とラペルが胸元を囲み、その先に腰の形が続く。ニットでは、曲線的な襟ぐりと身体に沿う編地が、もっと直接的に上半身を見せる。僕の好みを言葉にするなら、今回惹かれたのは、肩やラペルの構築的な線を通して身体が見えるほうだったのだと思う。
ニットのルックが入ることで、コレクションのなかに異なる身体の見せ方が生まれている。その役割は理解できる。ただ、個人的にもう一度見たくなるのは、やはり序盤のコートやジャケットだった。露出の多さだけで好みが決まっているわけではないことも、見比べると分かる。

Saint Laurent Men’s Winter 26, Look 28. Source: Saint Laurent official website
Look 28の、黄みの強いキャメル系のロングコートにも、似た距離感があった。広い襟とゆったりした身頃をベルトでまとめ、袖口や首元から別の布がのぞく。色と布量に存在感があり、ラグジュアリーは十分に伝わってくる。
それでも、僕には序盤ほど強く響かなかった。こちらでは、身体を包む量感や色の豊かさが先に目へ入ってくる。今回の僕は、それ以上に、暗い色のなかで肩から腰への曲線が明確に見えるルックに惹かれていたのだと思う。
だから、このコートを弱いルックだと決めるつもりはない。コレクションが提示しているラグジュアリーの幅と、そのなかで自分が選びたいものには差がある。その差を確かめることも、複数のルックを続けて見る面白さだ。
後半には、ショーツに腿まで届く光沢のあるブーツを合わせる装いも現れる。長いコートやフルレングスのトラウザーズとは違う方法で、脚の輪郭を作る組み合わせだ。ショーツとブーツの構成:CR Fashion Book
パンツの丈が短くなっても、ブーツが脚を覆う長さは増している。布が揺れる脚と、光沢のある素材に沿って見える脚では、同じ身体でも印象が変わる。序盤の胸元やニットの襟ぐりと合わせて見ると、このコレクションが、どこを開き、どこを覆い、どこに形を与えるかを繰り返し検討していることが分かる。
こうして好きだった部分とそうでなかった部分を見ていくと、僕にとって今回の中心はかなり明確になる。身体の輪郭を作るテーラリングと、その端正さに個人的な表情を加えるスタイリング。この二つが重なったところに、最も惹かれていた。
5. 10年の積み重ねから見る2026AW
※ここから先は、かなり服好き向けです。過去シーズンまで遡って、今回のコレクションとのつながりを見ていきます。
Anthony VaccarelloがSaint Laurentのクリエイティブ・ディレクターに就任したのは2016年。2026年は、その就任から10年を迎える年にあたる。
今回のコレクションを見ていると、そこで印象に残った要素の多くが、突然現れたものではないことに気づく。
たとえば2023SSメンズ。マラケシュ近郊のアガファイ砂漠で発表されたこのコレクションでは、長いコートや広いトラウザーズ、開いた胸元が人物像を作っていた。
今回のロングコートにも、その延長を見ることができる。ただし2026AWでは、単に丈や布の量だけではなく、広い肩から細い腰へとつながる輪郭が、より強く意識に残った。
2025AWでは、Yves Saint LaurentとRobert Mapplethorpeのあいだに想像上の対話を置き、テーラリングと官能性を結びつけていた。そして2026SSでは、Fire Islandをめぐる着想や豊かな色彩とともに、タイをシャツの内側へ収めるスタイリングが登場している。
今回とくに好きだった首元の扱いにも、直前のシーズンからの連続性がある。
ただ、同じ方法でも印象はかなり違う。2026SSでは明るい色や夏の装いと結びついていたものが、今回は暗いコートや彫刻的なテーラリングのなかに置かれている。アイデアそのものを新しくするのではなく、周囲の服を変えることで、その意味を少しずつ変えている。
この10年を振り返ると、VaccarelloがSaint Laurentのメンズに作ってきたのは、単に特定のアイテムではなく、服の比率と着方から認識できる人物像だったように思う。
長い丈も、大きな肩も、開いた胸元も、それ自体は彼だけのものではない。それでも、肩、腰、パンツの量感、胸元、首元をどう組み合わせるかによって、ひとつの姿が生まれる。ロゴを見る前にSaint Laurentを連想できるとすれば、その理由はこうした部分にある。
Saint Laurentというメゾンの歴史を考えても、テーラリングと、それを誰がどう着るかという問いは重要だ。1966年に発表されたLe Smokingも、既存の服の形式を別の身体、別の着方へ移すことで、新しい人物像を作ったものだった。
今季のメンズでは、大きな肩と細い腰が同じ服のなかにあり、そこへ素肌やスカーフが重なる。
それぞれの要素を男性的、女性的と分けるよりも、それらがひとりの人物の装いとして自然に成立していることの方が、僕には面白かった。
創業者の服をそのまま再現しなくても、メゾンが繰り返してきた問いを引き継ぐことはできる。今回のテーラリングにも、そのひとつの答えを見ることができると思う。
そして、その背景を知ったあとにも、僕が戻りたくなるのはやはり服そのものだ。
着想元を知らなくても、広い肩から細い腰へ流れる輪郭には惹かれる。背景を知れば、端正なテーラリングと開いた胸元の同居を、また少し違った角度から見ることができる。
就任から10年を迎える2026AWは、Vaccarelloがこれまで使ってきた要素を捨てて新しいものへ進んだコレクションというより、その比率や組み合わせを改めて掘り下げたものに見えた。
長いコートも、強い肩も、首元の遊びも続いている。そのなかで今回は、とりわけ腰の造形が強く残った。
6. 最後に
僕にとって今回のSaint Laurentは、エレガンスを肩幅や腰の曲線、コートの長さ、首元の収め方といった具体的な形として感じられるコレクションだった。
自分がそのまま着たい服もあれば、少し距離を置いて眺めたい服もある。一方で、ネクタイやスカーフの扱いには、自分の装いにも持ち帰ってみたくなる魅力があった。
強い肩から、絞られた腰へ。その下には長い裾と、足元に重なる布がある。そして首元には、整った装いのなかに持ち込まれた、その人なりの癖がある。
僕が今回のSaint Laurentに惹かれたのは、その輪郭と着こなしが一緒になった姿だった。
